時を横断するお酒
生酛造りや山廃仕込みといった言葉を見たり聞いたりしたことがある方は多いかと思います。前者は蒸したお米に麹と仕込み水を加えてすり潰す山卸によって、酒母(=もろみの元)の要のひとつである乳酸菌の繫殖を待つ製法。後者は山卸を文字通り廃し、麹がお米を溶かす力で乳酸菌を増やしていく製法。これらは昔ながらのもので、近代以降に一般化し現代の主流となっているのは、科学的に作られた高純度な人工の乳酸を投入する速醸と呼ばれる製法です。
速醸は安定していて高効率。対して、それ以前に確立された生酛造りや山廃仕込みは自然に委ねるものであり、蔵内の菌も取り込みながら乳酸菌を繁殖させるため、環境にも左右される大変困難かつ不安定な造り方です。
安全が確保され、コンスタントに日本酒をご提供できることは大変良いこと。近代の研究がもたらした大きな財産です。しかし、技術が発達し切った今、速醸は予定調和的になってきてしまっているとも言えます。故に、多くの醸造家がそう感じ、回帰を試みているのだと思われます。清酒はやはり、微生物が勝手に生命活動を行ってできた副産物なわけですから。